今回の記事は「自分の意見は自分が知っている範囲で構成した意見である」ことについて扱います。
このブログに辿り着くような方であれば釈迦に説法かもしれませんが、
もしそういう場面で困ったときに上手く乗り切る一助となれば幸いです。
この記事のポイントは以下の通りです。
- 自分の意見は自身の課題への理解や選択肢などから構成されている
- 意見の違いは会話などを通じて構成要素の違いを探っていけば問題なく解決することが多い
- 意見の構成要素への理解が共通認識としてあると世の中の不要なトラブルが減るのではないか
意見の形成要素について
例えば、ある人が「この問題を解決するにはAの方法が最良だ」と考えている場合を考えます。
この意見の形成の要因はなんでしょうか。
- どのような問題なのか。
- A以外にどのような選択肢があったのか。
- 良いの基準はなんなのか。
- そもそも解決すべき問題なのか。
- 制約条件はなんなのか。
他にもあるかもしれませんが、ひとまずこれぐらいで。
これらの形成要因はいずれも意見を構成する要素です。そして当然のことながらある人が意見を形成するのに使えるのは、本人が認識していることだけです。
おおよそのイメージを描くと以下のようになるでしょうか。

具体例:「友人とのバーベキューを企画する」
説明のために、もう少し具体的な例を考えます。
今回はテーマを「友人とのバーベキューを企画する」としましょう。
この場合考えないといけないこととしては例えば以下のようなものでしょうか。
- 楽しいバーベキューにするには何が必要か。自分達は何を楽しいと思うのか。
- 食事がメインなのか、レクリエーションをするのか、他に何か選択肢があるか。
- どんな料理を準備するか。肉、魚、野菜、お酒…肉ならどんな肉? 高級和牛? 魚ならどんな魚?
- バーベキューであることは確定? 楽しいことが目的なら他のイベントでも良い?
- 予算や時間の都合
このテーマなら他にも色々あるかもしれませんが、ひとまずここまでで。
そして本題ですが、どのような企画を考えたとしても、それは「自分達が考えたり選択肢に挙げられたもの」に限られることについてはご納得いただけるでしょうか。
一応先回りしておくと、「ランダムな食材を入れる」ような選択も、「ランダムな食材を入れる」という選択肢を選んでいるとご理解ください。具体的な食材としては把握できないのはその通りです。
「人が言っているものを採用する」なども同様です。
お取り寄せで高いお肉を注文しておこう、この時期だからこの魚を焼いてみようか、マシュマロは欠かせない、あえて出前で寿司も持ってきてもらおう!などもあり得るかもしれません。いずれにせよ、選択肢は当事者が持った選択肢に限られます。
さらにいうと、自分達にとって楽しいとはなんなのか、このテーマを自分達がどう捉えたかなども最終的な企画内容に大きな影響を与えることは間違いないでしょう。
自分の意見は自分が見ている範囲での意見に過ぎない
ここまで当たり前のことしか書いてないなと思われているかもしれません。
それはその通りで、当たり前のことしか書いていないつもりです。
自分の意見は自分が見ている範囲での意見、言い換えると、
「自分が持っている課題への理解や選択肢から導き出した結論」といえます。
そのため、良い意見を出すには課題を正しく理解し、正しい仮定をおき、必要な選択肢を持てるかどうかが大事ともいえます。問題解決力や発想力の差に繋がる部分でもありますね。
さらに重要なのが他人とコミュニケーションをとる場面。
課題や仮定への理解が異なったり、重要度が違っていたり、お互いが持っている選択肢がずれた結果、異なる意見に辿り着くことはしばしばあるでしょう。
多くの場合、会話などを通じて意見の違いの原因を探っていけば問題なく解決します。
もしも価値観や認識の相違が解決しなかった場合は司法の出番かもしれません。
しかしながら、時々出会って困ったなとなるのが「自分の意見は絶対正しい!」というスタイル。
話が通じないだけでなく、ひどい時は机を叩いたり怒鳴ってきたりすることもあるかもしれません。
回避できればなによりですが、コミュニケーションの目的が「良い意見への到達」ではなく、「自分の意見を通すこと」にある場合などにはどうしても発生してしまうことはあるでしょう。
少なくともお互いに良い関係性を作りたい場面で不要な行き違いを発生させないためにも、「自分の意見は自分の知っていることから構成されている」ことが万人の共通認識になると良いな、というのが本記事の主旨です。
自分の意見に自信を持つのは大事ですが、自身の意見の構成を理解し、異なる意見に出会ったときも柔軟に整理できる人が増えれば、世の中から争いやトラブルが少し減るのではないでしょうか。
まとめ
今回の記事は「自分の意見は自分が知っている範囲で構成した意見であるということを共通認識としたい」というというテーマでお送りしました。
改めてポイントをおさらいしましょう。
- 自分の意見は自身の課題への理解や選択肢などから構成されている
- 意見の違いは会話などを通じて構成要素の違いを探っていけば問題なく解決することが多い
- 意見の構成要素への理解が共通認識としてあると世の中の不要なトラブルが減るのではないか
本記事での考え方について筆者のベースあるのは、経営学の「限定された合理性(あるいは限定合理性)」[1]や、哲学者マイケル・ポランニーの「われわれは語るより多くのことを知ることができる」という考え方(この表現は[2]より引用)そして、野中郁次郎・竹内弘高の共著である『知識創造企業』[3]で学んだ「知識」に対する見解です。
[1]として挙げた書籍『経営行動』は中々読むのが大変なので、初学者の方にはまずは『世界標準の経営理論』[4]のp. 207などで紹介されている部分を読むことをおすすめします。『世界標準の経営理論』ではポランニー[5]や『知識創造企業』の話も触れられており[6]、幅広く情報を得ることができます。
(『知識創造企業』については[2]でも触れられています。)
この話は結局のところ「人が見ている世界はどこまでもその人自身のものである」という、経営学や心理学をはじめ様々なところで言われている考え方に帰着するもので、筆者が独自に考え出したものではありません。例えば先ほどの『世界標準の経営理論』では「人は、その認識上のフィルター(哲学ではコンテクストという)を通じてしか、物事を認識できない」[7]として紹介され分かりやすく説明されていますし、普段の生活で耳にする「いいことも悪いことも捉え方次第」ような考え方も同様の話です。
経営学や心理学などでは意思決定について様々な知見を学ぶことができます。
生きていく上で大変役に立つことが多く、もっと当たり前の知識として広まるとより暮らしやすい世の中になっていくのではないでしょうか。
今回扱った「自分の意見に対する認識」についてもごく当たり前になって、少しでも余計な争いがない世の中になることを願っています。
参考資料
[1] ハーバード・A・サイモン著, 二村 敏子・ 桑田 耕太郎, 高尾 義明, 西脇 暢子, 高柳 美香訳, 『新版 経営行動』, ダイヤモンド社, 2009, p28, p128.
[2] 池田謙一 , 唐沢穣 , 工藤 恵理, 村本由紀子 著, 『社会心理学 補訂版』, 有斐閣, 2019, p. 369.
[3] 野中郁次郎, 竹内弘高著, 梅本勝博訳, 『知識創造企業(新装版)』, 2020.
[4] 入山章栄著, 『世界標準の経営理論』, ダイヤモンド社, 2019, p. 207.
[5] 入山章栄著, 『世界標準の経営理論』, ダイヤモンド社, 2019, p. 272.
[6] 入山章栄著, 『世界標準の経営理論』, ダイヤモンド社, 2019, p. 270.
[7] 入山章栄著, 『世界標準の経営理論』, ダイヤモンド社, 2019, p. 419.